出発時の飛行機のトラブルのため、二時間遅れで、成田に到着。
そのためか、いつも着くと思うことだが、皆何事もなく帰ってこられて良かった、との感が今回は特に強かった。
エジプト旅行に際して心配だったのは、おなかをこわさないか、といことと、季節的に砂嵐がおこる可能性があったこと、それと、政情不安である。前二つに関しては杞憂にすぎなかった。
ミネラルウオーターが毎日一本は支給され、バスの中でも買うことができたので、歯磨きにも、コンタクトレンズを洗うのにもミネラルウオーターを充分に使えたおかげで、用意したお薬類は使わずにすんだ。
生野菜を食べない方が良いということが、本には書かれていたので、私は忠実に守って食べなかったが、ちゃんとしたホテルは大丈夫よ、としっかり召し上がっていらっしゃる方も多かった。でもどなたもおなかをこわしたりはなさらなかった。
砂嵐もなかった。
ところが、日本に帰って一週間後、ハーン・ハリーリで、自爆テロがあり、イタリア人観光客が亡くなった。
ツーリスト・ポリスは失業対策や、単に警備に力をいれている、というアピールではなく、矢張り必要なことだったのだ。
観光客は、警備を強化して守ってもらえればそれでいい。でも根本的な解決にはならない。
高層ビルの林立するカイロを一歩出ると、貧しげな家が多かったことを思い出す。
行ってみたい国は色々ある。どの国も私の心の中で順番待ち。
ところが、エジプトという国には全くあこがれをいだいたことがなく、イクナートン、アンケセナーメンに惹かれて、突然行ってみよう、という気になってでかけてしまった。
もともと関心のない国だったせいか、矢張り文明の発祥の地として見ておくべくき国ではある、と自分に言い聞かせて、しかしピラミッドなんて一つだけ見れば充分なのに、などと思いながらの出発だった。
エジプトに行く気になった自分を不思議がりながらも、バスの中から、ピラミッドが見えた感激をかわきりに、どんどんエジプトという国の魅力にとりこになっていった。
特に素晴らしいと思ったのは、ラモーゼの墓のレリーフ、壁画、や、コムオンボ神殿のレリーフ、エドフの柱頭彫刻など。
それと、神話も面白い。(フェニキアの神話との類似した話そのものも面白いが、神話というものが存在する、ということそのこと自体が) 王位と神は切り離せない存在であるようで、死後の世界への思いとともに、統治者の権威付けにも神様というものが必要らしい。
ともかく遺跡として残っていて観光するところというのは、ピラミッドと神殿とお墓なのだから。
ヨーロッパなら、お城と教会だけれど、エジプトではお城、つまり王自身の現世の住まい、は見なかった。
エジプトという国にあまり関心がなかったせいか、短いツアーでもよし、としたのだが、これは失敗。もっと沢山見たかったと残念な思いがしている。
もう一度エジプトに行くことはないような気がするが、行けるとしたら、ルクソールで王家の谷、王妃の谷、貴族の墓などをもっと沢山見てみたいし、カイロでイスラミック・カイロ、オールド・カイロ、コプト博物館なども見たい、、、、なんと欲の深いこと。
ともあれ、なんとしても願われることは中東の平和である。
05.6.3 作成
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