3日目

そのⅡ




1210分~1225分 バス

エル・ブルゴ・デ・オスマ El Burgo de Osma  標高906m
旧市街の外にバスを停めて、橋を渡って旧市街へ
 
橋の向こうに大聖堂の塔
 
 ウセロ川
 
 向こうには 要塞跡

教会前の広場でのバルでお手洗いを借りてから市内散策、

   
 サン・ペドロ・デ・オスマ司教  教会前広場 

しかし教会がもうすぐ閉まるというので、1245分~1320分 教会見学

サンタ・マリア・デ・ラ・アッスンタ大聖堂

12世紀に建てられたロマネスク教会をこわして 1232年にゴシック様式教会を建てたが(後陣、チャプタールーム)その後ルネッサンス様式に、その後18世紀にはネオ・クラシック様式に改修されているので、ロマネスクファンには魅力がない。
ここを訪れた理由はベアトゥス本の一つ オスマ写本
1082年)が作られたところだからだ。 
広い教会の中 まずはチャプタールームの サン・ペドロ・デ・オスマのお墓を見る(製作は
13世紀)。彩色されていて、まわりには町の人々なども置かれていて(可愛い)なかなかよかったがカメラ禁止。あとで絵葉書を買ったが不鮮明。

  
  

そうしてオスマ写本。麗々しく、ガラスケースにおさめているのをみせるだけだが、これがなんとファクシミリ本(精巧に作られた複製、100万円以上するが、本物とちがって、買うことはできる)、丸善の古書展なら手にとってみることもできるのに、とばからしくなった。壁に 世界地図、と パントクラトールのと 二枚拡大したものが展示されていた パントクラトールの横にはケルト風組紐模様があったので 面白いと思いこの絵を買った(6ユーロ)色合いも柔らかく、穏やかな顔つきで あまりベアトゥス本風ではない。

 
 
 
 

回廊に出る。回廊の柱頭にはもとのロマネスク(少しゴシックにかかっているような) 彫刻が見られた。いいものはガラス越し。なんともけちくさい教会だ。

 
 エルサレム入城
 
 最後の晩餐
 
 聖母子
 
隙間からチャプタールームの司教のお墓が見える 
(写真を撮っていたら中からダメの合図)
   
   

尚この教会で1194年参事会委員になった聖ドメニコが120304年、司教のお供でデンマークに行く途中、フランスにカタリ派がひろがっているのを目にして、その後フランスに移住し、カタリ派根絶活動を始めた。
あのドメニコ会
1215年 トゥールーズ)の創始者が
この町の出身者なのだ。

1320分~1345分 町を散策しながらレストランへ。面白いと思ったのは通りのアーケード。二階が張り出していてその下が通路になっているのだが、支えの柱が木製。所々石にかえられているのもある。教会のギャラリー同様 厳しい自然に対応するためだろう。(モロッコでもこういうつくりを見た)

 
 
   
   
 
マヨール広場

1345分~1445分 RIO UCERO  で昼食

突き出しとして パンの上に生ハムをのせたもの ヌードル入りスープ(写真なし)薄切りハムのロースト、ティラミス お水とワインは食事に込みだった。

   
   
   
   

バスで移動 

ベルランガ・デ・ドゥエロ の町の散策次の教会が開くのが16時からなので時間待ちをかねてこの小さな町を歩いた。

   
 柱廊がある  

ここにも柱廊がある。
この町は フライ・トーマス・デ・ベルランガ
14871551年)という人が生まれた町。この人は ガラパゴス島の発見者だそうだ。お城の前に像がたっていて足元には カメ。

   
 フライ・トーマス・ベルランガはこのお城で生まれた  

15分くらいバスに乗って途中ベルランガのお城の上の山に見えた砦が見えた。

 
 

16時~1640分 サン・バウデリオ・デ・ベルランガ隠棲所 San Baudelio de Berlanga

この小さな教会の100メートルくらい手前に小さな小屋があり、私たちのバスが近づいてくるのが見えたのかそこから人がゆっくり教会に向かって歩き始めたのが見えた。行くと鍵を開けて待っている。入る前に横の墓地を見る。

     
 ベルランガ隠棲所 入口  お墓の跡 
   
 お墓の説明  右が教会 左の靴跡のようなものがお墓のあった場所

こいうところで 祈りの生涯を終えた人々がいたことに心を動かされた。この教会がいつ造られたのかは不明で記録としては1136だが、11世紀末に建立されていた、としている。

http://logotur.e.telefonica.net/arterural/SBBERLANGA/BERLANGAficIng.htm

においては10世紀とされている。また、泉と洞窟があることから 67世紀には隠修士たちが住みついていた、と言われている。

 http://www.monestirs.cat/monst/annex/espa/calleo/soria/baudel.htm

このサイトで 内部の素晴らしい写真が見られます。

モサラベ様式の建築として有名なものである。入口は馬蹄形アーチが二重になっている。

内部は 撮影禁止、といわれたので、ただひたすらみていた、といっても壁画(⒓世紀)は殆ど剥がされ、売りとばされたそうで、特に下の方はシノピエみたいにうっすら残っているだけで、なかなか判読しがたい。

つくりは独特。中央に柱が立っているが、椰子の木のように8本のリブが天井をおおっていて壁の途中で切れている、そうして西側に小メスキータとも称される アーチ群に支えられ  アーチが支えるトリビューンがある。

東側は少し階段をあがったところに祭壇、

この細い柱で支えられたアーチ群が気に入った。

このおまじないみたいな模様がいい。またこの南側の壁には洞窟に通じる穴があいている。

   
   左奥が 洞窟への通路
   
   唯一はっきり残った牛の絵

写真を撮ってはいけないはずなのに、ヨーロッパ人の二人連れは撮っている。私はあいにくデジカメが電池切れ!!

少し前から、ビデオを静止画撮影にして撮っているのだが、このビデオはフラッシュ禁止がきかず、自動で光ってしまう。こっそりとっても差しつかえない、と思うがフラッシュダメは心得ている。少しやすませていたから大丈夫かとデジカメで(勿論ノーフラッシュ)、そっと撮ってみた。数枚撮ったところで本格的に電池切れ。それなら遠慮しないで、最良の位置で撮ればよかったと悔やんだ。撮っても管理人は何も言わなかった。(結構皆さん大っぴらに撮り始めたよう

 
壁画を再現したらこうなる(買ってきた冊子より)

1640分、5分ほどバスに乗り カシリャスCasillasの村のバルでトイレをかりて 

18時ホテル着

2030分から ホテルで夕食

アミューズ サーモンのタルタル、シーフードと野菜の串焼き、コスタラード(ソリア名物)

おかしかったのは 見せ皿の上に小さなお皿がのせられ、濃い茶色の液体が入っている。これが突き出しかと思って眺めたり鼻を近づけたり、結局お醤油だとわかって大笑い。シーフードに付けるためだったのだ。

     
       サーモンのタルタル 串焼き   

 

   
 コスタラード  お部屋にフルーツ