大聖堂を出て小道を辿ると、なんとかわいらしい教会!サン・ピエトロ聖堂である。ここは予定には入っていなかったがどなたかが山口さんにお願いしてくださったようだ。
私は自由時間があれば一人で行くつもりだったが、鍵をどうしよう? と思っていたので、案内していただけて嬉しかった。
今回の旅はサプライズプレゼントが多い。ここもまたとびっきりの見どころなのだ。
11:20〜11:40 サン・ピエトロ聖堂 Chie di S.Pietro
周りをみたあと 鍵を開けてもらって入る(あとで鍵番さんに少しチップ)。
9〜10世紀に建てられた教会で10〜16世紀のビザンチンスタイルフレスコ画がかなり残っている。
建物はギリシャ十字型の方形プラン(写真の屋根の輪郭からも見て取れると思う)
中に入る。
三廊式だが とても狭くて、私たち一行でもう満員といった感じ。
中央アプシス 上に 受胎告知 その下オランスの聖母子
下写真、上は12使徒? その下 ご生誕(14世紀)。 羊飼いへのおつげ、 下左は 産湯をつかわせているところ
左アプシスの トンネルヴォールトの絵は 実によかった、
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最後の晩餐 |
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洗足 |
洗足、最後の晩餐がもっとも古い。この絵も好き。その下に少し見えているのはたぶん聖フランシスコ 大聖堂の絵と同じに見える。 同じ画家によるものだろうか。
ペテロが照れている(恐縮している)。その手前アーチの 楽園追放も好き。
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楽園追放 |
右アプシス内の絵は剥落? 一応小さく写真は載せておくが新しい絵が描かれている。 上の 洗礼は残っている。
異なった世紀の絵が残っているので スタイルの変化も感じられてその点でも興味深かった。 感動の小教会だった。
それから 15世紀末に造られたアラゴンの城(16世紀にスペイン軍が補強)の横などぶらぶら歩き、 そうして 海沿いのプロムナードを歩いて昼食レストランへ
12:30〜Prpfumo di Mare ホテルのレストランで昼食 気持ちの良いお店だった。
シーフードの前菜、ムール貝ラビオリ ティラミス
バス移動
15:00 〜ガラティーナ Galateina
目的の教会はまだ開いていないので、しばらく街を散策。(立派な建物のある結構いい町だった)
11,2世紀にギリシャ人が逃げ込んできて 15,6世紀までギリシャ語が使われた。ラテン化をすすめる意味で小さな町にも大きな教会が造られることになったが、それを推し進めたのがフランシスコ会。
バスを降りた広場に面してサン・ピエトロ・エ・パウロ教会があり そこの中庭の井戸を見た。毒蛇にかまれた人を救ったとか。(正面ではなく横の細長い建物にある入口から中庭に入った)。
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サン・ピエトロ・エ・パウロ教会 |
15:30〜16:20
サンタ・カテリーナ・ディ・アレッサンドリア教会 S.Caterina di Alessandria
http://www.basilicaorsiniana.it/ La Basilicaにいき、 Fotoをクリックすると、たくさん写真が見られる。
フランシスコ会に属している。バルツォ・オルシーニ家が1384〜91年に建てさせた教会。
領主の妻が東方三博士の子孫、ということに由来する壁画があり、後期プーリア・ロマネスク様式のファッサードを持つ。
内部はプロ用カメラは禁止、ということで私のカメラはコンデジでも大きめなので、だめ、といわれてスマホで撮った。結構たくさん撮っていたらそれも禁止されてしまった。
ラピスラズリの青を多く使った15世紀前半に描かれたジョットー風のフレスコ画で埋め尽くされている。
日本人には殆どなじみのない街にこれほどの素晴らしい(といっても 私好みではないが)壁画で天井、壁を覆いつくしている教会があったとは! 南壁から西、北へ と帯状に物語が展開。
写真を多くはのせられないので、興味のある方は上記公式ホームページからどうぞ。
街の領主が十字軍に行ったとき シナイ山の 聖カテリーナ修道院の墓から 聖カテリーナの指輪(キリストとの婚姻の印)を抜き取ろうとして指ごと持ち帰ったものが聖遺物となって、博物館におかれている。
回廊へ、 回廊の先に小博物館がある。 絵葉書を買うなら 入場無料! カメラ禁止をやかましく言うのは敬虔な場所、というより、絵葉書や写真集を売るためだったかと、興ざめ。
回廊も取り立てて魅力的でもなかった。分厚い写真集を求められた方もいらした。私はこの手の絵は好みではないのでお義理に絵葉書を数枚買っただけ。14世紀のイコンがあった。回廊の教会側壁面に18世紀のフレスコ画があった。
バス移動してそろそろ日も暮れようというころ
カサラーノ Casaranoに。
17:40〜18:30
カサラネッロ教会。別名サンタ・マリア・デッラ・クローチェ教会
La Chiesa di S.Maria della Croce, Casaranello
6世紀のモザイクと 13世紀のフレスコ画を観ることになっている。
小さな三廊式の教会で 身廊の奥の四角いアプシスの天井にモザイク装飾が施されている。
ドーム天井 ラベンナなどでもおなじみの 空に十字架、キリストの再臨を表すとされている図柄で、ここの空の色は非常に美しい水色、遥々来たかいがあったと嬉しくなった。
身廊からドームへの短いトンネルヴォールトとには 楽園の情景
18世紀以降廃墟だったので ドキュメントがなく詳しいことはわからないが、 モザイクはおそらく 6世紀、白大理石とガラスが使われている。
柱の絵 聖母子、はっきりしないが、椅子に腰かけているのだろうか? ニコポイア型と言われるタイプだが イエスの肩に手を置いている。 横にうっすら見えているのは」ホディギトリア型だが 右手にイエスなので、デクスィオクラトゥーサ型
身廊の ヴォールト天井、 これは 聖カタリナ伝のようだ
イエスの捕縛の場面 ユダの接吻、 最後の晩餐
素敵なモザイクに感激しながらもどこか心が落ち着く小さな教会。立ち去りがたさは誰しも。
予定時間よりだいぶん遅くなったらしい。暗くなった道をバスで戻る。渋滞もあったようだが道中ウトウトして気が付くともう オトラント。。
19:30頃 オトラントの町、 今夜は夕食フリー。 男性三人組は昼食レストランのそばで降りられた。レストランはこのあたりにしかないらしい。
ホテルから離れているので帰りが心配。それで近くのスーパーで何か仕入れることにして、ホテル近くのスーパーで バスを降りた(5人ほど)
ところがミニスーパーでサンドイッチのような軽食が全くない。パンとハム、チーズを買って、というもこともできない。
仕方がないので、お菓子(ポッキーのようなものと ウエハース) それに いちごミルク(牛乳ではなく ヨーグルトだったことが帰って判明)を買った。
選んでいるうちに寄り道しない人をホテルに送った山口さんが様子をみにいらした。(ごくろうさま!)
でも Fさん、Mさんと 三人で先に帰ることにした。 私は方向音痴。 お二人と一緒でなければ とうていホテルには たどりつけなかったと思う。
お二人は日本から何かもっていらしたようでホテルでお湯をもらう、とおっしゃるので、私は紅茶をお願いした。
フロントの陽気な男性が お部屋までお湯やティーカップを持ってきてくださった。(tip2€、これでよかったのか?)
寒い中を帰ってきて暖かい紅茶はありがたかった。
お菓子と朝食レストランからもってきたオレンジで夕食、ポッキーは油っぽくてだめ、ウエハースは普通においしかった。これでおなかがいっぱい。
日本からカロリー源としてミニ羊羹をもってきていたが、そこまでは無理だった。
しばらく本を読んだりして 23時ごろシャワーを浴びて寝た。 朝4時ごろ目をさました。 寒い! 足元にホカロンを置いた。
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