10:15~11:00 オー教会(Aa) そばに日本の小川があることから クリーク教会ともよばれる。聖ハンス、聖ヨハネ教会ともよばれる。
http://aa-kirke.dk/
ボーンホルム島がクリスチャンによって征服されたのは1070年。 最初の教会は木造だったと思われるが、1150年前後に石造のものとおき替えられた。北欧では珍しく白塗りされていない教会。今回の旅では珍しく住宅地の中にあった。オーケルビー(Aakirkeby)という町
アプシスとコワールが最初にできたところで、外側は緑色がかった砂岩で出来ている (近くの小川で採れる)。
塔はもともと狭かったが、ロマネスク時代に13×11m、4層になった。双子屋根、最初はピラミッド屋根であったと思われるが14世紀にこの形になった。
北側扉口は 女性用入口、現在は塞がれて上部が窓になっているが、入口の柱の跡が残っている。(くぼみがある)
南側は男性用入口。少し広い部屋になっているのは 武具を置いておくための部屋。小さい顔はライオンで loyalを表すそうだ。
ここに、墓石とルーン石碑が置かれていた。 墓石は近くの小川の橋としてつかわれていたそうだ。
内部に置かれていた平面図。
バカンスシーズンのせいか、この島の教会には観光客がきていた。島では教会も観光スポット。
身廊の天井は板張りで平ら。 アプシスは石造だがリブは飾りのようで、等間隔ではない。それが楽しい。
洗礼盤は シグラフ(Sigrafs) 1175~1210年、の作品、彼はゴットランドでも造っている(ブロー教会)
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エリザベト訪問、御生誕 |
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三王礼拝 まっすぐの背がシズシズ、という感じ |
イエスの捕縛 |
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イエスの生涯が彫られている。
台、
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耳があるから 竜? |
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グリーンマン、手がかわいい |
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アプシスの天井、 |
バス移動して
11:25~
エスターラス教会(Østerlars) https://www.oesterlarskirke.dk/turistinformation/information-in-english/
1150年頃建てられた。 当時ボーンホルムでは王と教会は争っていて、さらに海賊の攻撃にもさらされていたので、防禦の目的もあった。
すこし離れて立っている 鐘楼はもと教会敷地の壁だったところ。
この島にある4つの円形教会の中で最大のもの(内径13.2m)
島では人気の観光スポットらしく 年間10万人の観光客が訪れるという。
北側にある女性用扉口
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男子用入口は 武具を置くための部屋がある、そこに ルーン石碑が展示されていた。 |
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教会へのapproachは 西側、図の左側で、 ここに17世紀に 最初の写真に見られるように、バットレスがつけられた。入口は 図では下の男子用入口から |
中に入る。 この教会も中央に太い柱が建っている。(径6m)くりぬかれて中に入ることができ、洗礼盤が置かれていた。
一本の太い柱をくりぬいた形だが 構造的にはラウンドチャーチのうち側の柱を壁で繋いだ、という感じもする。子供たちは これを かまど と呼ぶそうだ。
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ひいて撮ることができなかったので、かってきた冊子から |
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中央柱の上部を取り巻くフレスコ画は14世紀前半に描かれたもの。
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エジプト逃避、御生誕、エリザベト訪問、お告げ |
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最期の審判、 罪人は鎖にしばられて、地獄へ |
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最期の審判、良き人は 天国へ |
イエスの生涯、(お告げ、エリザベト訪問 、御生誕、エジプト逃避) 最期の審判、良き人は 天国へ、罪人は鎖にしばられて、地獄へ
内側のサークルには洗礼盤が置かれている(もとはRø教会にあったもの)。
この後すこしフリータイム、希望者は上階にあがることができただが、私はまず敷地の向こうのスーベニアショップへ。ともかくロマネスク旅は買い物のチャンスがほとんどないのだ。しかし、教会ガイドブックの様なものはなく、手作り石鹸をいくつか買い求めた。それも行列はそれほどではないのだが、店員がモタモタしていて (海外はたいていそう、日本のようにてきぱき処理する人が殆どいない)集合時間が気になる。もちろん、このあと教会二階に上がる時間はなかった。
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