2日目  その�U

ザンクト・ペーター・ウント・パウル教会、 ザンクト・ゲオルグ教会



修道院のお庭を出て
ロータリーのところ、 時代がかった建物があり、とても気持ちのいい場所。
 
 

この時だったか、昼食後だったか、ここに小さなミュージアムとshopがあり、そこで教会パンフレットとともにストラボの薬草茶を買った。

移動して ニーダーツェルのザンクト・ペーターウント・パウル教会 St.Peter und Paulへ

   
   

教会へ行く途中、シオカラトンボを見た。私はあまり虫、蝶などに関心がなかったせいか 水色の羽のとんぼというのは初めて見たと思う。

799年にヴェローナ司教エギーノが建てた教会の床が部分的に存在するが、現在の建物は11〜12世紀にかけて建てられた 東側の塔は15世紀末のもの。

教会前に小博物館がある。それが邪魔で全体像がつかめないので冊子から(湖側からみた教会)

   
   平面図、 上はエギーノの時代 下は11,2世紀

先ず、その小博物館に入った。パネルの写真や説明を見てから教会へ。

教会内、東側、 西側 柱頭の形にも注目

   
   

1104〜1134年の間に描かれたフレスコ画(1900年まで おおわれていた)
 
 
 
 

拡大しても消えていて顔の表情などは分からない。玉座のキリスト、その下に12使徒と旧約の預言者たち。
Photoshopで少し色彩をはっきりさせてみた。

799
年当時のコワールの障壁 組紐は北イタリア風と説明があった。(向かいの窓がガラスに映りこんでいる)
説明パネル、このように使われていた。

   
   
外に出て湖を眺める。お天気がよいので気持ちがいい。
 
 
島の中央部にもどって  12:30〜 13:25 ランチ Mein Inselgluckの テラスで
 
 
サラダビュッフェ、ポーク、 フルーツアイス
   
   
   
   

ザンクト・ゲオルグ教会 St.Georg (13:40 〜15:00)

下左は朝撮った写真

895年 当時の修道院長ハットー3世(Hatto�V)がアルヌルフ・オブ・ケルンテン王のおともをしてローマに行った時教皇から聖ゲオルグの聖遺物を受け取り、多分オーヴァーツェルのハットーの庵室に置かれたことがここにザンクト・ゲオルグ教会が建てられた理由であろう。(開基896年、完成913年)

描かれた時期は大修道院長 ヴィティゴヴォ(Witigovo、989〜997年)時代とされているが、9世紀末ハットーの時代という説もある。

   
   
   
   
ここには鍵番がいて、入るとすぐに鍵をかける。湿気が入るのを防ぐためだそうだ。 
 
 東側
 
西側   最後の審判が描かれている バロック時代のもの

身廊の南北壁にそれぞれ4面づつの大型絵画が残っている。(天井が木なのでヴォールト天井のように、下の柱まで下りていく横断アーチで仕切り壁が区切られないので、一続きの横長壁面が得られている) 

北側西から ゲラサの悪魔憑きの治療の奇蹟 水腫患者の治癒の奇蹟 嵐鎮めの奇蹟、シロアムの盲人の治癒の奇蹟、

 
 ゲラサの悪魔憑きの治療の奇蹟
 
 水腫患者の治癒の奇蹟
 
 嵐鎮めの奇蹟
 
 シロアムの盲人の治癒の奇蹟

南壁東から ライ病患者の治癒の奇蹟、ナインの若者の蘇生の奇蹟、ヤイロの娘の蘇生と血膿の女の治癒の奇蹟、ラザロの蘇生
残念ながら、ナインの若者の蘇生とヤイロの娘 の写真は撮り忘れている。 

 
 ライ病患者の治癒の奇蹟
   
 

ライ病患者の治癒の場面が比較的良好に元の状態を保っているそうだ。(私には区別がつかない)(他は後世の塗り重ね、その除去などがあり保存状態はよくない)

幅広のフリース帯、 メアンダーの保存状態はいい。(これらは 『ドイツ中世の美術』による)

「ゲラサの悪魔憑き」  汚れた霊をブタにのりうつさせ豚は湖に飛び込む、という図。豚は後世描きこまれたそうだ。実際ははもっと薄くぼやけた感じだったのでフォトショップで濃淡を強めてはっきりさせた。ちなみにそのままだと、次の 「水腫患者の治癒」の場面はこの程度のぼやけ具合だった。 

矢張り Photoshopで 処理したものを載せることにする。

「嵐鎮め」これとゲラサの悪魔憑きの壁画と写本の相似性をしめす最初に見た 博物館の写真をもう一度載せておく

なんと中2枚(ナイン7、、 とヤイロ、、、)写し忘れ、同じものが何枚もあったり、確認しなかったのでどこまで撮ったか忘れたらしい。

ラザロの復活全体は西側写真かららとった。(部分は撮ってあった)

色がうっすらとぼやけているせいか、明るく伸びやかな気持ちになる。それにしても奇蹟場面で埋め尽くされた壁画、というのも珍しいのではないいか。
何か理由でもあるのだろうか。

↓ 1308年の 女たちのおしゃべりを戒める絵

 
 
実はこの部屋に入る手前のホール2階には1050〜60年の最後の審判が残っているがそこへは行かなかった。 
また聖ゲオルギウス祭壇のあるクリプトにも入れなかった。 
15:00に教会を出て、湖を見に行く(すぐ後ろ)
 
 

美しく、のどか。ここに泊まってのんびりしたい気がした。 

   
   

でもコンスタンツでみたいものがある。
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