
9日目
8月10日 ディジョン滞在、 オータン ボーヌ、トゥルニュ
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今日はディジョンから、バスで近くの町巡り。ブルゴーニュはロマネスクの素晴らしい教会がたくさんある。
もう、何十年も前に、朝日の新聞小説に井上靖の
『化石』 というのがあった。
初老の実業家がパリに旅行する。
そこで体調を崩し、癌ではないかと不安な気持ちをいだきながら、案内されてブルゴーニュのロマネスク教会を訪ねるところがある。
たしか、ロマンのお寺を見に行こう、などと書かれていたと思う。
その小説では、ヴェズレーやオータンに行き、小旅行の終わりはトゥルニュだった。トゥルニュの描写がとても良かった。
ツアーでは行かないトゥルニュにも何とか行こう、と心ひそかに思いながらバスに乗った。
まずオータン サンラザール教会、(1120から1146年)

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サン・ラザール教会正面入り口のタンパン |
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天国に入ることを許される巡礼 |
死者の魂を天使と悪魔が奪い合う |
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タンパン(入り口上部の半円形のところ)彫刻はギベルトゥス作 の最後の審判(中世の教会彫刻には珍しく、作者の署名がある)。
下の彫刻は死者の復活で、サンチャゴと エルサレムに向かう、二人の巡礼(上の写真で、肩から袋下げている二人、左の巡礼者のバッグにはエルサレム巡礼の十字架が、右のバッグはサンチャゴ巡礼のホタテ貝の印がついている)もいた。聖地巡礼をすると、罪が許されて、天国に行ける、とされていたことが分かる。
内部には、高橋氏修復の壁画もあった。
階上には、はずされた柱頭彫刻が、展示されている。
『マギへのお告げ』や『エジプト逃避』などの彫刻』は可愛らしくほのぼのとした感じがした。

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眠るマギへのお告げ |
マギの礼拝 |

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エジプト逃避 |
ユダの首吊り |
その後、すぐ斜め前のロラン美術館へ
イヴのレリーフを見る。(1120〜35年) もとはサン・ラザール大聖堂のきた扉口にあった。ついになっているはずのアダムは行方不明。
72x132cmで、さほど大きくはないのだけれど、低いところに置かれているので、目の前で見ることができて、圧倒された。
数あるイヴの彫刻の中でも最高傑作といえるのではないだろうか。

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オータンのイヴ |
その後ボーヌへ向かうのだが、ガイドのつねこさんは熱心な方で、予定にはなくてあきらめていた、ローマ遺跡にも案内してくださった。
オータンは、紀元前15年頃アウグストゥスによって築かれたので名前もオータンというのだが、 ローマの妹でもあり、ライバルとも称えられた町だ。
凱旋門、ローマ劇場を見る。

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ローマの凱旋門 (バスの中からなのでよく
撮れていない)
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ローマ劇場(フェンスの間から撮った) |
ボーヌへ。
オテルデュー ここは 宰相ロランとその敬虔な夫人が建てた施療院だ。
まず、 中庭で屋根を見る。かわらがモザイクになっていて、美しい。このような屋根は中央ヨーロッパが起源だ。

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中庭 |
寝室 |

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寝室全体 |
天井には、患者を退屈させないように
装飾が施されている
(はっきりしないが顔は寄進者を描いている) |
ベッドがずらりと並んだ部屋、薬局、台所など。
看護婦でもあった修道女のお人形でをおいて、当時の様子を再現している。
なんと言っても目玉は、ロヒール・ファン・デル・ウェィデンの描いた最後の審判。圧倒された。
昼食は、すぐ近くのGOURMETS(BRASSERIE LES)で
サラダ、ますのムニエル、アップルパイ
この時もう三時すぎ。 ツアーでは コート・ドールの葡萄畑を見て(写真ストップ)、ディジョンへ戻るが、別にワインカーブに寄るわけでもないので、私は分かれてトゥルニュに行くことにする。
レストランで、タクシーを呼んでもらったが、なかなか来ないのでいらいらする。
運転手に急がせて、ぎりぎり3時44分発の列車にまにあった。
4時19分 トゥルニュ着
駅の切符売り場で、帰りの列車の時間を確認。
ネットで調べた通りなので、タクシーを呼んでもらって(駅にはタクシーがなくて、切符売り場の人に頼むと電話をかけてくださった)ブランシオンへ行く。
15分くらい山をのぼっていくのだが、ここが今回のフランスの旅で一番景色がきれいだった。
ゆるやかな丘の連なり。木々がトンネルのようになったところを抜けたり、ところどころ赤い屋根の集落がある。
途中、芸術新潮に出ていた、オズネーの小さい教会の近くを通った。時間があれば、寄りたい所。
芸術新潮(2002年8月号 フランスの歓び)、これはフランスロマネスク特集で、その巻頭に出ていたブランシオンの教会に惹かれて、トゥルニュからさらに車で山の上まで行くことにしたのだ。(この本は現在 とんぼの本 のシリーズに入っている。しかし雑誌の方が写真が大きくて良い)
ブランシオンの門の手前のカーパークに車をとめ、30分と約束して、門へ向かう。5分くらい 歩く。ともかく暑い。
門を入ると右手はお城、左手の雑草におおわれた道らしいところをあがって、教会へ行く。

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ブランシオンへの門 |
教会の後陣、こちらがわからあがっていく |
教会前の広場から、みおろす眺めがいいはずだが、光が強すぎてよく見えない。
教会は修復されて、真新しい感じがちょっと残念。

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サン・ピエール教会 |
入り口右上の銘板 |
フレスコ画も修復されているようだ。
太った気の良さそうな女性ガイドが、何か質問はないかと、英語で尋ねてきた。日本から来た、 というと大喜び。
遠いところから来たのだから、特別丁寧に説明してあげる、という。
おかげで、予定時間を大幅オーバー。
壁の絵は壁画ではなく、ウオールペインティングだと言う。
ジザンは、ブランシオンの領主、1240年、イエルサレムに、行った、(巡礼とも十字軍とも言って どちらか分からなかった)その100年後に描かれたイエルサレム巡礼の絵は、祭壇右にあった。

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内部、壁は修復されていても床はそのままらしく、何百年もの年月のために滑らかになっていた |
見終わって、門近くのレストラン兼売店で、水と絵葉書を買う。
あまり遅いので、運転手が心配して迎えにきて、本当は車が入れない門のところまで車をもってきてくれていたので、暑いところを歩かなくてすんで、助かった。
トゥルニュに戻って、サンフィリペール教会へ。

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教会北側 |
後陣 |
この教会は、ノルマン人の略奪から逃れて、聖フィリペールの聖遺物を携えてやってきたノワルムーティエ(フランス西部、ロワール川の河口の島)の修道士たちを受け入れたことを、キリスト教史の講座で聞いたことがある。
内部は修復されたのか、新しい感じ。
975年から1000年初期ロマネスクの傑作といわれる。
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床モザイク |
周歩廊のまわりに、祭室をほどこした最初の重要なモニュメントということになっている。
周歩廊には床モザイクがあり、足場が組まれていて、その上を歩くようになっていた。
広いナルテックス(前室、まだ洗礼を受けていない人がいる場所))が特徴的
身廊 に高くそびえたつ円柱がすばらしい.
中世建築のなかでも群を抜いているのだと、ガイドブックには書いてある。ダラムのずんぐりとは違い、太さもそれもどではないが、ともかく高さがあるので、すらりとした感じだ。
半円筒形横断アーチを備えた屋根(12C)は独創的だという。
円形の柱頭頂板を備えた巨大な柱は初期ロマネスクの傑作の一つ。
いかにもロマネスクといった、重厚な感じが素晴らしかった。 柱頭彫刻はカロリング朝 内陣回廊の壁画は12C
柱頭彫刻いろいろ
身廊の右手の祭壇には聖母子像が飾られている。
ノートルダーム・ラ・ブリュンヌ、(ブラウン、褐色、つまり、黒い聖母)金ぴかだけれど、もともとは黒かった、とパンフレットには書いてある。 12世紀にオーベルニュ地方で作られた。
クリプト(地下祭室)は 10C末のもの。
荘厳のキリストの壁画があるはずなので おりてみたが、暗くて誰もいないので、怖くなってあがってしまった。
この教会は見に来る人も殆どいないし、教会の人もいなくて何も聞けない。
絵葉書を売る人もいなくて、おいてあるのを勝手に取って、自分で箱にお金をいれるようになっている。
外に出て、ひとまわり。すると回廊の入り口がみつかった。井戸のある気持ちのいい中庭。
ここで、ゆっくり時を過ごしたいがもう列車の時間が迫っている。
この奥が展示室で、、日本の鬼(それほどこわくはない)に似た、お面のような彫刻があった。
6時53分の電車に乗る、
電車は若い人が多く、日かげ側に、一人で二人分占領しているが、荷物をどけて座らせてともいえず、日のさす側に座った。
途中の駅から乗ってきたおばさんは、若い本をよんでいる女性に、荷物をどけろ、という。
座っている方は、そっちがあいている、という。でもおばさんは、ソレイユ、と空を指差して叫ぶ。
しかたなく、座っている女性は荷物を網棚に上げる。
窓からの眺めはたいしたことはないが、乗客の生態を見るのはなかなか面白い。
8時3分 デイジョン着
8時15分すぎ、レストランに着く。途中でバスの運転手に出会い、連れて行ってもらったが、出会わなければ、一人ではみつけられないような、道からは引っ込んだところのレストランだった。
もうデザートコースにはいっていて、肉料理だけもらったが、パサパサなので殆ど残した。
チョコムースはおいしかった。
9時半ころホテルに戻り、11時寝る。
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