9日目


6月5日


サーレマー島~ムフ島~タリン



525分起床 715分朝食
  
  
   
  パンケーキも美味しそうだし、鰊もあるし、 
今日はいつになく たくさんとってしまった
   
 新館と旧館をつなぐ廊下  ホテルの歴史を物語る写真が飾られている

少し散歩。道路工事中、砂利で歩きにくい。 海辺に行きたかったが道がよくわからず断念してホテルの周りだけ見る。

   
 ホテル新館  ホテル旧館
お城みたいなところが 入口
私が泊まったのは二階だがどこかは分からない
   
   
 ホテルのお庭
屋台のようだ、上に 400m先のレストランへの矢印
ロシア教会
  
  朝8時半の メインストリート  右の柱がロシア教会の門、奥の緑が公園のようなところでその先にお城

9時出発 近くのクレッサーレ城はまだ開いていないので先に島の奥のほうに行く。

バスの中での話
今年は春が遅く、ここサーレマー島はパンかごといわれるのだが穀類の生育が遅れている。
18世紀 帝政ロシアの農奴解放により土地はドイツ人領主のもとを離れた。
19世紀 農民の所有する風車が集落ごとにできた。
小麦、大麦 ライムギは主食のみならずビールにもつかわれたそうだ。
現在の島の主な産業は 観光(サービス業)で そのための職業訓練校もある。
世帯主はフィンランドに出稼ぎに行く

935分ごろ アングラ風車群

 
 風車群の 前には 昔のトラクターらしきものなど 農具が展示されている
 
 丸い帽子をかぶったようなのが オランダ式
 手前に 木のお馬さん

一つはオランダ式で頭が動く 他は構脚式で風の向きに合わせて全体が動く

バスが停まった場所のそばに売店兼食堂があり、風車はその先に見えている。そばまでいらした方も何人か。とりわけ関心もないので遠くで見ていた。それより売店に関心がある。ムフ島は杜松(ジュニパー)が多く、これを利用した食器が名産。このサーレマー島でも 杜松(ジュニパー)製品を売っているのだ。杜松には抗菌作用があるそうだ。よく知られているのは バターナイフ、これを絶対に買うつもりでいた。見ると木しゃもじやトング、スプーンなどもある。 結構 奪いあい状態というほど みなさん たくさんお買いになっている。軽くてお土産にいいのだ。

10時バスに乗って5分ほどのところにある カルヤ教会(Karja kirik)へ 
http://kirikud.muinas.ee/?page=3&subpage=121  この教会が観光コースにはいっていたからこそこのツアーを選んだのでわくわくする。
小さくて塔もない。縦⒛m、横⒏mくらい(上記HPより) 

      
   
 
 
上部の黒いところには 鐘が納められている   入口左側の柱頭彫刻

床面積の割に高さはある。この教会は13世紀末から14世紀にできたと思われるが、教会としての機能だけでなく戦いの際の避難場所でもあったそうで、聖具室の上などに部屋がありそのために高さが高いのだ。(島民の反乱の際にドイツ人聖職者たちが逃げ込むため)どこから上がっていったなど詳しいことは聞かなかった)
ここの天井の絵が変わっている。褐色と灰色で描かれた記号的な絵。単純なのだが五芒星とか 三本足(シチリアの トリスケルを思い出させられた)股のぞき 組みひも 

  
  
   
 上写真中央下部  
   
手前の アーチの 柱に付けられている彫刻は 
右が 聖カテリーナ、 左が 聖ニコラス 
 

トリスケルとか トリスケリオンとか言われるこの三脚巴は 北欧神話の神オーディンのみしるしと現地ガイドには 説明されたが、調べてみるとマン島とかドイツの州とかいろいろなところで紋章として使われているので 悪い意味ではなさそうだ。
五芒星(ペンタグラム)は魔女の星とか。
組みひもは始めと終わりが分からないため 永遠とか人の生死 
,股覗きは悪霊かもしれないなど、異説もあろうような説明を聞いた。
こういうキリスト教ではありえない異教のシンボルを描いたのは、異教的なものをもって異教的なものをはねのける(今日のガイドさんの説) 当時の人々が神聖なものと思い込んでいるからそれを描いた(添乗員さんが前のツアーの時のガイドに聞いた説)とか、要するに分からないのだ!!推測するだけのようだ。
私のこれまでの乏しい知識からすると 異教の民の抵抗感をなくすためにあえて 彼らの信ずるものを取り入れた、と考えたくなる。

昨日 カルマ教会で、「ここは昔土着の信仰の聖地だった」 という話をきいたがカルヤ教会のある場所もそうなのだろうか。
この教会は聖カテリーナと聖ニコラウスに 捧げられているので柱頭に二人の彫刻があった。 いかにもゴシックでよくできた彫刻。

  
 聖カテリーナ 
 本を持ち胸に薔薇をつけているので シエナのカテリーナと思われるが
 足元に踏みつけられている人物(悪い人のようで悪魔らしきものが手をかけている)が 分からない
 アレキサンドリアのカテリーナなら皇帝に言い寄られて拒絶したために牢に入れられるのだが、その場合だとアトリビュートとしてどうしても車輪がほしい。
でも 殉教者のしるしである棕櫚を 手にしている。(二人がまざっているのかもしれない)
   
聖ニコラス 
持参金がなく 娼婦にならなければならなかった貧しい娘たちにそっと
お金をあげた、という話の場面と思われる  
 修道士が 船を持っている
 ニコラスは暴風雨を鎮め船から落ちた水夫を生き返らせた
その他の柱頭彫刻
   
   

外に出る。南壁に磔刑のレリーフ 二人の罪人まで彫られているのはめずらしいそうだ。教会敷地の端脇には墓石がたてかけられていた。 

  
  イエスが 十字架に付けられた時、 二人の罪人も 十字架に付けられた。
ルカ伝では 罪人のうち一人は イエスをののしり、 一人はそれをたしなめた。それで 罵ったほうは地獄へ、 たしなめた方は天国にいくことになった。 それぞれの口から 魂(裸の子ども)が出ていて、 向かって左の天国に行ける方は 天使が子どもを抱き、 右は 悪魔(化け猫みたいなの)が子供の両手を引っ張っている。悪魔にまで 羽がはえていて、足もみえているのがユーモラス、 
   
  かろうじて十字架が 線刻されているのが分かる 

10時半頃教会をあとにして カーリ・クレーターへ 
ここは 見学箇所にはいっていなかったがついでに寄ってくださった。ついこの間ロシアに大隕石が落ちて話題になったので多少興味があった。
クレーターといっても地面に空いた大穴(直径約
110m)そのものではなく大きな水たまり、といった感の池であった。
隕石が落ちてあいた穴に水がたまったらしい。

約 4000年前に 推定20tから80tの隕石が 秒速10~⒛㎞で地上に衝突、飛び散ってこのあたりにいくつもの穴をあけたそうだ。数千年前だから星のかけらがころがっているわけでもない(当然ながら) 
しかし緑の林の中の池というのは悪くなかった。この近くに プーハ(神聖なという意味)という町があることからも昔から神聖視されてきた場所だと思われると説明された。
ホテル風な建物で(トイレあり)ちょっとお買い物。

   
 カーリー・クレーヤー  隕石はあちこち 飛び散った

1110分バスに乗ってクレッサーレに戻る。