4日目
そのV
ヴェローナ (サンタナスタシア教会、ドゥオーモ、など)
近くの
サンタナスタシア教会
へ Basilica di S.Anastasia
1290 〜1481年に建てられたVeronaで一番大きなゴシックの教会像
サンタナスタシア教会 左横にはグリエルモ・ディ・カステルバルゴ(1320年没)の墓碑
中に入ります。
ここで見るべきは
聖水盤とそれを支えるせむしgobbi像 (1495年) 身廊を挟む入口から最初の左右の柱の下部にあります。
ペッレグリーノ礼拝堂にある ピサネッロの描いた 「
龍退治に出かける聖ゲオルギウスと王女
」 (1433年〜1438年)
剥落しているところもあり、全体がゥ薄墨色で幻想的な感じがしました。
龍退治に出かける聖ゲオルギウスと王女
ロレンツォ・ヴェネツィアーノ 「謙遜の聖母」 (1458〜1459年)
14世紀頃の作と思われるフレスコ画、優しい感じがしてすてきでした。
ここを出て5分くらい歩くと
ドゥオーモ
Doumo
http://www.cattedralediverona.it/cattedrale.html#_visita このサイトはイタリア語ですが、写真は豊富です。
この場所には、ローマ時代にはヴィラがあり、浴場やミネルヴァ神殿があった。
4世紀に 現在のサンタ・エレナ教会(ドゥオーモに隣接している)のところに教会が建てられたが、小さいので5世紀には建てかえられ、
9世紀まで使われたが火事でなくなった。
その後 現在の ドゥオーモの場所にS.Maria Martrikoraleが建てられた。
1117年 地震により ダメージを受け少なくとも20年かけて改修 15世紀、16世紀に内部は 完全に新しくされた。
後陣
平面図
ドウオーモ 南入り口から入る。
入口上部
祭壇左手の小さい入口を抜けると
聖マリア・マトリコラーレ Saint Maria Matrikorale のエントランスホール
カロリング時代のカテドラルの名残。この下には4世紀のバジリカの遺構が見られる
876 6世紀のモザイクらしい。
この左奥に サンタ・エレナ聖堂 canonical church of Saint Elena ヴェローナスタイルのロマネスク
サン・ジョバンニ・イン・フォント教会 S.giavanni in Font
1123年頃のもので ロマネスク
2004に修復されて新しく見える。
フレスコ画は 13〜14世紀のもの
なおこの 古い部分の入口に教会には珍しく お手洗いがあった(きれいだった)
15時55分ごろ出る。
バスを待つ5分くらいの間に急いで正面を観る。
オルランド(?兜をかぶりと剣を持っている)が左玄関脇に見えている
両脇を守るのは 盾を持つ、オルランドとオリヴィエ
左端がオルランド
?
右端がオリヴィエ?
10人の預言者が立っている。
壁などの彫刻から
月歴
ドラゴン
直接 駅に行きバスはないので、 途中で乗り換えする。ちょうど
サン・フェルモ教会
San Fermo Maggiore の前(後陣側)だった
待ち時間の5分間だけ、いそいで入場(急ぎの時はカードのおかげで、ticketを買う手間が省けてありがたかった)
正面の祭壇を写しただけ。 入口の案内を見ると(買ってきた写真集にもあったが)私好みのロマネスクの壁画がクリプタにあるそうで、見られなかったのが非常に残念。
クリプタにあるはずの絵
1065年〜1143年に造られた ロマネスク教会は 上部と下部に分かれていたが。
上部はゴシックに改変された。(その上部ゴシックの部分を少し覗いただけ、ということになる。ここにもピサネッロの絵があるはずだが、それも確認できなかった。
ヴェローナは できれば再訪したい街だ。 こんどはゆっくり街歩きもしたい。
16時15分ごろ ?バスに再び乗って駅へ
駅について列車到着まであまり時間がなかった。
Verona 16:50 →17:40 Bologna
18時頃ホテルに戻って、不覚にもそのまま ベッドに倒れこんで 寝てしまった。
19時40分ごろHさんからお電話。一瞬、何の事か分からなかったが、音楽会に行く予定だったのだ。行ってもこれでは 眠りこけてしまいそうなので、あきらめることにした。
20時ごろ添乗員さんが 音楽会に行かないのならチケットを譲ってほしい、と言ってらしたので、差し上げることにした。
Hさんご夫妻は
音楽会もあるので、この日は遠出をなさらずローニャ市内で過ごされたそうだ
。これは大事な教訓。体力を考えなければ!
それから夕食として 小さな梅紫蘇入りカップうどん とオレンジ、
入浴、洗濯などして12時ごろ寝た。 途中で目がさめたりしたが 4時ごろ起き出した。