3時過ぎに目が覚める。3時40分頃おきて少し本を読む。 5時過ぎ本格的に起きる。
7時 朝食 すぐにバスなので軽目にしておく
パン、コーヒー、ヨーグルト、クリームチーズ(くせがなくて美味しかった)
8時 ホテルを出発 雨で寒そうなので、上着は中綿入りのジャケットにする。
タンジェの町は大都会で、ビル街を抜け出るのにかなり時間がかかった。出たところに闘牛場があった。さほど古いものではない。

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タンジェの白い町、手前は建築中のビルの足場
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闘牛場
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タンジェを出ると緑に覆われた緩やかな丘の連なり。エニシダの黄色が華やかな感じ。少しずつ高度が高くなっていく。リフ山脈の中だ。ハシーシ(大麻)も栽培されているそうだ。

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えにしだか、ミモザかちょっと分からない
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山の中に時々白い町があらわれる
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山の上には風力発電の風車も見える。
『風とライオン』という映画を観たことがある。ショーン・コネリーがリフに住むベルベル人の首長ライズリに扮し、キャンディス・バーゲンが誘拐されるアメリカ婦人を演じたが、あの映画はこんな緑豊かな山の中ではなく海に近い砂漠だった。
モロッコの先住民は、ベルベル人だが、その後やって来たイスラム教徒のアラブ人により、13世紀ごろからアラビア語を話すようになっている。ベルベル語も使われている。現在モロッコの住民の3,40パーセント(本によっては50パーセント以上とも書いてある)がベルベル系。
ティトゥアンの少し手前でトイレストップ。
9時30分 ティトゥアン 別名 白い鳩の町、バスを止めた広場に巨大な鳩の彫刻があった。
1492年のグラナダ陥落により、スペインから逃れてきた人々が多く住んだ町である。新市街はスペイン風のきれいな白いビル。

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この広場の左奥へと進む |
通りの奥にはハッサン二世広場、17世紀に建てられた王宮。

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これからこのフード付きコートを着た人を
多くみかけるようになる
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王宮への道
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王宮、拡大写真は入口
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王宮の向かいの広場
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王宮の右奥、メディナにはルアーフ門から入った。スークへ。ここは一転してモロッコ。

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店を持たない野菜売り |
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ここでは壁の色は白とブルーとは限らない
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お店は品物ごとに分かれていて、食料品だけの地域、衣料品店の集まった地域などがある。生産者と商売人が別ではなく、作った人が売っているようだ。(製作直売)

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仕立て屋さん
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パン屋さん
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春休みは3月30日からだそうで、まだ学期中。ちょうど午前の部が終わったらしく子供たちがふざけながらそばを駆け抜けて行く。大都会でないせいか、女性は殆ど皆スカーフを被っている。オクラ門から出た。門でどこかの国の観光客が記念撮影をしていた。

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メディナのオクラ門
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10時15分 バスで出発
10時35分 トイレストップ 行っておいてよかった。11時半過ぎ前の事故車のためストップ。今は携帯電話もあるので、連絡はとれるが山の中なので、いつになったら動けることやら。
しかし、幸い1時間くらいたったところでパトカーがきて動き始めた。
12時50分 シャウエン着 まず昼食 AL BARAKA 内装が素晴らしいレストラン

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レストラン内部、豪華さに目を瞠った
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ウエイトレス、といってもまだ子供みたいだった |
人参とオレンジの前菜 野菜スープ(ハリラ)パスティリア(パイ生地の中に海老などが入っている)フルーツ盛り合わせ

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人参とオレンジの前菜
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ハリラ
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パスティリア
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フルーツ
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シャウエンという町もまた、スペインを逃れたイスラム教徒の町。ユダヤ人はいたが、1920年までキリスト教徒を町の中に入れなかったそうである。
食後、市内観光。

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レストランから上がっていったところの広場、中央の建物は何だか分からない
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広場でふりかえって来た道を見る
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白壁の美しい曲がりくねった細い道を歩いた。しかし生憎の雨。飾り鋲を打った扉、彫刻を施したコーニス、庇や錬鉄製のバルコニーが見られるはずだったが、ひたすら足元をみながら、歩くことになってしまった。

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ここでは、日用品のお店のある通りには行かなかった。このおみやげ物やさんはちょっとのぞきたかった |
そのうちひどい土砂降りになってしまい、広場の周囲のお店で雨宿り。

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カスバ |
広場はタイルが敷き詰められてきれいなはずだが土砂降りの雨ではっきりしない。
カスバの城壁もそばにある。
しかし、軒下から出る気力がなくて、今から思うととても残念。
ここはこれまで見た白いメディナのうちでももっとも素敵なところではなかったか、と今になって思ったりしている。
これ以後こういうメディナにはお目にかかれなかった。
14時55分 フェズに向けて出発
山をおりてきて、農村風景の中を行く。ダムがある。前国王のハッサン二世は沢山ダムを作ったそうで、(発電、灌漑用)25もダムがあるそうだ。
途中の小さな川が真っ黒だった。これはこのあたりにオリーブオイルを作る工場があるためだそうだ。

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ダム(バスの中からなので、椅子も写っている)
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黒い川(白い半円はバスの窓に写ったレンズ)
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モロッコは石油こそ出ないがリン鉱石は世界一。農業人口が50パーセント。漁業も盛んで蛸、海老 イカなどは日本にも輸出されている。また軽工業も発達していて産業のバランスはいいそうだ。しかし、貧富の差は大きいらしい。
18時50分 フェズ ロイヤル・ミラージュホテル着

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私の泊まったお部屋 |
ここは五つ星。人間だんだん贅沢になるもので、昔は海外へ行けさえすれば、ホテルなどどんなところでもいい、と思っていたが、だんだんよいホテルを望むようになってしまう。
お部屋は一人なのに、キングサイズのベッドが二台はいっていてとてもゆったりしている。
19時45分 夕食ビュッフェ
ワインがボトルしかないので、カサブランカという名前のビールを注文。
ビュッフェ、

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野菜盛り合わせ、ピーマンの大きいこと
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カサブランカビール
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T氏ご夫妻などと同じテーブルだった。T氏やHさんも『モロッコ流謫』は読んでいらした。T氏によると、ガイドのブシャイブさんは大学で専攻がポール・ボウルズだったそうで、それなら、タンジェでボウルズやシェルタリングスカイに関係した場所を教えてくださればよかったのに、と今更ながら残念に思った。
食後にコーヒーを頼むと、他の方に「眠れなくならない?」と聞かれたが、時差ぼけとアルコールのせいか、部屋の戻るとすぐ寝てしまう。でも朝というか夜中に目はさめてしまうが。
驚いたことに、旅行中眠れなくて睡眠薬をお飲みになる方が多い。
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